NOTE ノート

「お産が危ない 〜現場の声」

Umiつうしん 2023・3  

産婦人科医の立場から 竹内正人さん
(産科医。世界を旅しながら国・医療の枠をこえ多様な活動を展開している)


――SNSに「10年後、自然分娩を受容できる場は残っているのか?」という投稿をされました。自然分娩は危機的状況ですか。
 コロナ禍で、潜在していた変化の兆しのスピードが早くなったと思います。まずは少子化。そして、無痛分娩の急増。2017年に無痛分娩事故が続き、慎重になっていた妊婦さんたちも、ここへきて無痛への流れが加速しているように感じます。特に施設が多い都会の自然分娩中心のクリニックでは、分娩数の減りが著しく、経営難でお産をやめたり、無痛分娩を始めるところが増えている印象です。

――産科医療の課題
 2004年に福島県の公立病院での母体死亡が刑事事件になりました。起訴はされませんでしたが、これを機に全国的に医師と施設の集約化が加速し「出産難民」が大問題となりました。ところが、その後、出生数が予想を超えて急減した結果、皮肉にも今では産科は存続維持が難しくなり、少ないパイ(妊婦)を奪い合うレッドオーシャンのフェーズに入っています。
また、事故を起こさないが最優先されるあまり、お産の女性や家族への影響という長期的な視点はさらに軽視され、より防衛的となり、帝王切開率の上昇は止まりませんし、無事に生まれれば予防的な医療介入も正当化される状況が生まれています。ガイドラインができたことで、お産は標準化された利点はありますが、多様への対応ができなくなってきた盲点もあり、お産のこだわりのある妊婦さんの受け皿がなくなってきています。自宅分娩ができる地域も限られるようになり、助産所でのお産は減っていますが、無介助分娩は増えているとも聞いています。

――若い医師たちは自然分娩に接する機会がほとんどない
 たとえば、もう10年以上前から、逆子(骨盤位)はほぼ帝王切開となっているため、逆子の経腟分娩を見たことがない若い医師が大半となっています。今の60代(私たち)が逆子を普通に経腟で介助した最後の世代でしょう。欧米では骨盤位経腟のリバイバルの兆しがあるようですが、次の世代に技術の継承ができてなければ、日本では対応すらできないことになります。
 最先端テクノロジーを探求しても、将来的にAIに代替される領域です。知識のUpdateは必要ですが、産科医の基本技術が疎かにされる現状は残念です。このままですと、いずれ、普通の自然分娩、特に待つお産を見たことがない医師が大半になる時代もそう遠くないかもしれません。若い先生方からは理解されにくいかもしれませんが、個人的には、知識と適切な基本技術を習得していることを前提に、どこまで待てるかが産科医の矜持と思っています。ここはAIでも代替えできません。

――ニーズの変容
 女性たちのニーズも変わってきました。お産は文化でもあるので、欧米と比べ長い間日本では帝王切開や無痛分娩をネガティブに捉えられてきましたが、その抵抗もなくなってきています。
 一方、資本主義の情報社会下では、施設が複数あれば、女性は口コミなどの条件で産み場所を選びます。病院も診療所も利潤がなければ継続できないサービス業です。ニーズに対応できければ倒産します。この少子化が止まらない時代でも、多額の負債をかかえて新規開業があるのは信じられないですが、そこに、どのような医療者がいるのか以上に無痛分娩で、施設がキレイで、食事にこだわれば、今はまだ妊婦は集まるようです。人よりも品揃え、ある意味、バブル期の産院を彷彿させます。

――ビジネス化する産科医療
 不妊治療の出生前診断技術がどんどん進み、受精卵診断を超えて、将来的にゲノム編集が容認される可能性を考慮すると、いずれ出生前診断のできない「自然妊娠はリスク」と認識される時代を迎えるでしょう。現在、日本ではまだ臨床応用が認められていいませんが、欧米では凍結受精卵にPGS(着床前スクリーニング)をして異常のない受精卵を子宮に戻すことで、流産リスクを低下させています。人の欲望は止められないので、日本で認可されるのも時間の問題でしょう。ファーストペンギンはたたかれるので、様子見の状況でしょうが、海外旅行の「イモトのwifi」から、「新型コロナのPCR検査」事業に転じた、「にしたん」が日本でのPGS普及を狙い、不妊治療クリニックの展開を始めています。産科も大手クリニックがチェーン展開を試みており、産婦人科医療はビジネス化しています。10年後には、産婦人科の景色も大きく変わっているでしょう。

――今後への希望
 自然分娩は、窮地に追い込まれつつありますが、自然がなくなることはありません。ただその受け皿がなくなってきています。その中で、地方では生活の一環としてお産を捉える動きも生まれています。鳥取県智頭町の試みに私も関わっていますが、出産、教育、食、仕事、介護、死。自然を軸に「いのち」を支えてゆく機運が盛り上がり、そうした価値観を持つ方が、都会から移ってきています。そうした場では、自然を尊重する若い医療者との嬉しい出会いもあります。今の揺り戻しから、自然分娩の再燃してくる時、その受け皿が残っているのかという危惧はあります。自然分娩の場が維持継続、魅力ある場として発展してゆくために、関心のあるもので知恵を出し合いながら、実際に行動を続けてゆきたいですね。

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